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概要:c人の営み
 
+++解説
 
 
 
 
 
 
 

隠岐ジオパークならではの自然条件は、隠岐の人々の生活や文化形成にも影響を与えたと考えられます。

■約600万年前の火山噴火によってできた島だからこそ産出される黒曜石は、最近の研究により約4万年前には島外へ運ばれていたことが分かってきています。これは、旧石器時代(縄文時代)の隠岐で活動した最も古い人類への手がかりです。

■また、日本海上の島という条件は、日本海交流の中継地点として、隠岐の豊かな文化形成を促したと考えられます。そして、環日本海交流は、日本文化の基礎形成に少なからず影響したと考えられます。

■さらに、火山と浸食・風化によって形成された起伏にとんだ地形は、隠岐という狭い島に沢山の集落を形成させる要因となりました。この山や谷で隔てられた複数の集落が、多様な文化形成と、それらを保存する要因になったと考えられます。


隠岐ジオパークの各地域では、太古の昔から続く文化のほとんどが、いまだに地域の人々の生活の中に受け継がれています。そして、これらの隠岐の歴史文化を研究する事は、太古の日本人の考え方を探る上でも重要な手がかりになると考えられます。

 

黒曜石の道

四隅突出型古墳

布施の山祭り

水若酢神社

遥か3万年前、隠岐の黒曜石は海を渡り出雲地方を中心として広く運ばれていました。その頃から途絶える事のなかった隠岐の営みには、出雲独自の古墳形式、隠岐固有の神を祀る神社や自て然信仰由来の祭祀など、古事記以前からの文化と歴史が脈々と流れています。

隠岐古典相撲

美田八幡十方拝礼
(みたはちまんしゅうはいら)

古くから受け継がれてきた文化は地域の世代交流の場として、今も島々に伝えられています。

隠岐緑(セラドナイト)

珪藻土

島後に産するセラドナイト(粘土鉱物)は、緑色の顔料として弥生時代から用いられており「隠岐緑(おきろく)」と呼ばれていました。日本最古の緑色と考えられます。

蓮華会舞

隠岐神社

後鳥羽上皇、後醍醐天皇がご配流になったことをはじめ、海を渡ってきた様々な時代の伝承、文化や風習が今も島の中に息づいています。

隠岐ジオパークの文化について、旧火山の島だからそこ産出された黒曜石を起点に、様々な文化が発生あるいは伝来し、そのほとんどが現在にも受け継がれて残っています。


隠岐ジオパーク推進協議会

〒685-8601 島根県隠岐郡隠岐の島町港町塩口24
E-mail info@oki-geopark.jp ☎/fax (08512)2-9636/9626
このウェブサイトに掲載されている情報は、隠岐ジオパーク推進協議会に帰属します。