そもそも、人は「キレイ」とか「美しい」という感覚を
いつ何をきっかけにして覚えるのでしょうか?
それは、仮に、”子供の時に身につける感覚”だとしたら、
子供の時にそういった経験をしなかった場合、
もはや、その感覚はどこで養うのでしょうか。
もう1ヶ月前の活動報告となりますが、
この夏、8月末から9月のはじめにかけて、
隠岐島後の5校の中学生約150人が、
隠岐ジオパーク学習会に参加しました。
(都万、磯、五箇、西郷、西郷南中学校)
学習会の舞台となったのは、都万の塩の浜近辺。
今回は、写真と併せて、その様子をお伝えします。
まずは、スライドを使ったお勉強です。
みんな思ったよりも目が真剣でビックリしました。

隠岐ジオパークの地質、植生、歴史の3つのポイントに
ついて30分程度、簡単に学習しました。
次に、子供達も楽しみにしていたシーカヤックです。

塩の浜の穏やかな湾内でパドリングの練習をした後は、
ちょっとだけ外湾にでました。

(万が一の事故に備えて、大人が見守ります。)

この白い岩肌の崖は、都万の地元では、その形から
通称「くじら島」と呼ばれています。
実を言うと、国内的にも珍しい白い岩肌のアルカリ流紋岩という岩石の崖です。

次に、隠岐ジオパークの植物観察です。
あいらんどパーク側から「くじら島」の山の
展望台まで登りました。
1時間程度のハイキングコースで、この狭い地域に混在する
様々な種類の植物を観察しました。

次に、黒曜石の矢じりづくり体験です。
この黒曜石。
最近の調査によって、隠岐の黒曜石は、少なくとも4万年前には
採掘されていて、矢じりや細石刃として使われていたことが
分かってきました。
日本で良質な黒曜石が撮れる場所はたったの6ヶ所しかありません。
世界的にみると、あの黄金文明が発見された地中海、エーゲ海の
クレタ島周辺の島々が黒曜石の産地として知られています。
例えば、鉄加工の技術が日本に初めて輸入されたのは、
今から約1800年前(弥生時代)とされています。
この鉄加工の技術によって、稲作が安定したと考えられます。
でも、稲作がはじまる前、何万年も続いた石器時代や縄文時代。
鉄の無かった時代の黒曜石は、当時の最新技術だったと考えられます。
つまり、縄文時代の隠岐には、黒曜石を求めて、
様々な地域から様々な人が交流にやってきたのではないかと想像できます。
そして、隠岐の歴史文化は、この黒曜石を起点にして始まったという観点が、
隠岐ジオパークを研究する面白さでもあります。
考古学は、時代が進むごとに、より古い時代の事実が解明されていく分野です。
今回の矢じりづくり体験を通して、子供達が養った感覚が、
未来の隠岐のイメージを変える鍵になることもあるのかもしれません。
そして、後日、子供達全員に、
隠岐ジオパーク体験の感想文を書いてもらいました。
「山の頂上は気持ち良くて、見える海がキレイでした。」
「エメラルドグリーンの海は、一生、心の中に残りました。」
「隠岐の自然は本当に凄いと思いました。」
「有名でもない小さい山に沢山の植物が生活していて驚きました。」
「縄文時代の人たちの技術は凄いと思いました。」
「隠岐の景色はとてもキレイでした。
でも、なぜ隠岐の海はあんなに青くてキレイなのか良くわかりません。」
全て、子供達の直感表現です。
子供達の心に映った隠岐ジオパークの光景は、
文字通り、「一生、心の中に残り続ける。」のだと
逆に、子供達に教えられる結果となりました。
隠岐ジオパークでは、この子供達の感想文も
重要な研究材料ととらえています。
次回は、そのような観点で話を進めたいと思います。