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人と自然をつなぐ島 隠岐ユネスコ世界ジオパーク

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ジオサイト一覧

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大陸の時代

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Ⅰ-3 銚子ダムの隠岐片麻岩 島後 日本が大陸の一部だったことを証明する岩石のひとつです。
同じ時代にできた同じタイプの岩石が、日本の北陸地方とユーラシア大陸にもあります。
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日本海形成の時代

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Ⅱ-1 浄土ヶ浦の湖成層と火山岩類 島後 浄土ヶ浦は、国の名勝として指定されており、島後を代表する景勝地となっています。
この周辺は、約2600万年前の火山活動による地層や、湖の底にあった地層が観察できます。
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Ⅱ-4 小路の石切り場跡 島後 約2000万年前の湖の底にできた地層を観察することができます。
ここの岩石は、「五箇石」と呼ばれ、加工がしやすく敷石などに利用されていました。
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Ⅱ-6 皆市の縞状泥岩 島後 何層も縞模様になっている地層が見られます。
この縞模様は、約2000万年前の湖の有機物やミネラルが、季節ごとに湖底に流れ込む様子が記憶されたものと考えられています。
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Ⅱ-12 歌木の化石 島後 約1600~1000万年前頃、隠岐が海の底であった時代の化石が観察できます。 看板
Ⅱ-13 塩の浜の珪藻土 島後 約1600~1000万年前頃、隠岐が海の底であった証拠である珪藻土が見られます。
珪藻土とは、海の中に住んでいた珪藻の殻の化石が堆積し岩となったものです。耐火性と断熱性に優れ、壁材や七輪の材料として使われています。
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火山の島の時代

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Ⅲ-1 大山の石英閃長岩とホルンフェルス 西ノ島 島前の火山活動が始まる直前の約700万年前ごろに起こった地下でのマグマの活動がでできた岩石です。周りにはマグマの熱で焼かれた岩石も見られます。 看板
Ⅲ-4 焼火山(中央火口丘と焼火神社) 西ノ島 島前の最高峰である焼火山は、島前の火山活動の末期にカルデラ内に噴火した火山です。
中腹にある焼火神社は、古くより航海安全の神として信仰を集めました。島前の最高峰にある神社の篝火が、灯台の様な役目を果たし船乗りの目印となったためではないかと推測されています。
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Ⅲ-5 鬼舞展望台から見る島前カルデラ 西ノ島 西ノ島の南西に位置し、島前カルデラの外輪山です。荒々しい外海と穏やかな内海の対比を見ることができます。
現在は、近くには、牧畑の名残りの石垣(アイガキ)が残り、現在は牛馬の放牧地となっています。
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Ⅲ-8 木路ヶ崎灯台から見る島前カルデラ 海士 中ノ島の最南端に位置し、島前カルデラを一望できます。ここの南側の海は島前の内海と日本海とを結ぶ3つの海峡で最も広く、大口と呼ばれています。 看板
Ⅲ-9 明屋海岸のスコリア丘 海士 崖を構成する赤い岩は、溶岩のしぶきが降り積もったものでスコリアと呼ばれます。海岸沿いでは、赤い岩の塊に取り込まれた火山弾も観察できます。
この付近から流れ出た溶岩により、中ノ島北部の低地ができたと考えられています。
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Ⅲ-10 島津島の生痕化石 知夫 海底の砂に穴を掘って暮らす生き物の巣穴の化石が観察できます。約600万年前のこの辺りは、火山島であった島前の周辺の浅い海の底であったと考えられています。 看板
Ⅲ-11 赤壁の火砕丘(展望所より) 知夫 赤壁は、元々この場所にあった小さな火山の断面です。崖の赤い岩は、溶岩のしぶきの中に含まれる鉄分が高温のまま空気に触れ酸化したためです。 看板
Ⅲ-13 赤ハゲ山から見る島前カルデラ 知夫 赤ハゲ山周辺には、木が生えておらず、360度のパノラマ景観を楽しむことができます。ここからは島前の中心に位置する焼火山(中央火口丘)や、西ノ島、中ノ島(外輪山)を一望でき島前カルデラの地形を見ることのできる絶好のポイントとなっています。 看板
Ⅲ-14 都万の生痕化石 島後 都万の中心を走る県道沿いの法面では、約600万年前の浅い海で暮らしていた生き物の暮らしていた跡が見られます。 看板
Ⅲ-17 白島展望台から見る白島海岸の岩石 島後 白島海岸は、国の名勝にも指定され、隠岐を代表する景勝地です。ここでは「流紋岩」、「粗面岩」、「玄武岩」の3種類の火山岩が見られ、岩石の成分の違いが景観に与える影響を見ることができます。 看板
Ⅲ-20 代の火道 島後 約550万年前の火山活動のマグマの通り道が観察できます。この場所は、昔の火山の内部にあたり、通り道に残されたマグマがそのまま固まったものです。ここから流れ出た溶岩で南北の山の山頂部がつくられています。 看板
Ⅲ-22 奥津戸の流紋岩 島後 約550万年前頃の溶岩でできた岩石で、名前のとおり流れるような縞模様の岩石が見られます。
名前とは裏腹に、この岩石を作る溶岩は流れにくく、成分が混ざりきらない状態で引き延ばされたため、この様な縞模様が作られました。
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Ⅲ-25 岸浜峠の黒曜石と火道 島後 岸浜峠では、マグマの通り道であった部分が火砕岩により埋められており、中にはマグマの急冷により作られた黒曜石、真珠岩、松脂岩などのガラス質岩石が含まれています。 写真
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Ⅲ-33 展望台から見るトカゲ岩 島後 遠くに見える、山を登るトカゲのような形をした奇妙な岩をみることができます。
この岩は、その形も面白いのですが、その成分も「アノーソクレース響岩質粗面斑岩」と呼ばれるものでできており、世界でもこれほど巨大なものは数例しかありません。
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Ⅲ-40 久保呂海岸のゼノリス礫 島後 久保呂海岸では、様々な種類の石を見ることができます。中でも、地下数十キロのマントル成分が取り込まれたマントルゼノリスは、人間がまだ到達したことのない地下のことを地上にいながら見ることができる資料です。 看板
Ⅲ-41b 黒島のゼノリス 島後 沖合に見える小さな島は黒島と呼ばれ、約350万年前に噴火した火口跡です。ここでは島全体で、縦方向に柱状節理と呼ばれる規則的な割れ目が見られます。また、マントルゼノリスも見ることができます。 看板
Ⅲ-43 元屋の六方石と三水崖 島後 この周辺では、上にある崖(三水滝)から崩れ落ちた五角形や六角形の玄武岩(六方石)を見ることができます。これらは、溶岩が冷え固まるときに表面と内部の温度差によりできたものです。 看板
Ⅲ-47 岬玄武岩の爆裂火口 島後 隠岐空港のある島後の岬地区は、約50万年前の噴火によりできた溶岩の台地です。この時の噴火で流れ出した溶岩はサラサラしていたため見晴らしの良い平らな大地を作りました。
西郷岬灯台の下は急な崖となっていますが、これは当時の火口で半分が爆発により吹き飛ばされており、お椀を半分にしたような形をしています。
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Ⅲ-49 卯敷海岸の卯敷玄武岩 島後 卯敷海岸では、隠岐で一番新しい約40万年前の溶岩が観察できます。海岸の大部分では溶岩が流れながら冷え固まり丸いブロックが積み重なったように見えます。一方、社の建っている高まりでは、流れてきた溶岩がそのまま冷え固まった柱状節理が見られます。
海岸の近くでは、亜高山性植物であるシロウマアサツキも見られます。
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半島から孤島へ

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ⅣG-1 国賀海岸の摩天崖 西ノ島 落差257mを誇る日本有数の海蝕崖です。冬になると常に吹き付ける強い風と波によりこの絶壁がつくられました。崖面をよく見ると、黒灰色の層と黒みがかった赤色の層が何層にも積み重なっており、何度も繰り返す噴火により大地がつくられたことがわかります。 看板
ⅣG-2 国賀海岸の通天橋 西ノ島 通天橋は、日本海の荒波による侵食作用が作り出した自然の岩のアーチです。このアーチは元々海蝕洞の入口で洞窟の奥の部分が地すべりにより崩れた結果入口部分が残され現在のような形となっています。 看板
ⅣG-3 赤尾展望台から見る国賀海岸 西ノ島 赤尾展望所からは、国賀海岸が一望できます。島前火山の北西にあたる国賀海岸は、日本海の波と大陸からの風による侵食作用により、雄大な景観を形づくっています。 看板
ⅣG-7 保々見の天川の水 海士 奈良時代の僧、行基が名づけたと言われています。日本名水百選にも指定されており、日量400トンを誇るこの水は、今まで一度も枯れたことがありません。過去には簡易水道の水源として使われていましたが、現在は農業用水として利用されています。 写真
ⅣG-8 金光寺山の湧水 海士 Ⅲ-7で紹介した金光寺山ですが、山頂でも湧き水が湧いています。そのしくみはわかってはいませんが、隠岐では他にも知夫利島の赤ハゲ山や西ノ島の鬼舞などでも山の上に湧き水があり、牛馬の飲料水として利用されています。 看板
ⅣG-9 河井の湧水群 知夫 県道沿いに地蔵が立ち並び、湧き水が出ている場所があります。ここの湧き水は、昔から地域の人の生活水として使われ、くらしの清水として島根名水百選にも指定されています。 看板
ⅣG-11b ローソク島・馬背岩 島後 ここからは、隠岐の観光パンフレットによく登場するローソク島が一望できます。(ローソク島に夕陽が灯る姿は遊覧船からでしか見られません。)
ローソク島は、離れ岩と呼ばれる、侵食海岸地形の一種で、近くには馬の背のように見える馬瀬岩などがあります。
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ⅣG-13 油井の池 島後 直径約250mの円形の池で、貴重な動植物の生息地となっており、環境学習やエコツアーに利用されています。火口や隕石の落下跡などできかたについて、様々な説がありましたが、近年の調査により地滑りによりできた窪みに水がたまったことがわかりました。 看板
ⅣG-15 鷲ヶ峰の屏風岩 島後 ここから見える岩は、見事な柱状節理が発達しており、その形から屏風岩と呼ばれます。この周囲は鷲ヶ峰と呼ばれ、約500万年に起きた火山活動で作られた陥没地系を、続いて起きた噴火が埋め立てた地形でコールドロンと呼ばれます。 看板
ⅣG-18 油井の前の洲 島後 油井地区の漁港で見られる前の洲は、島後で最も広い波食棚を形成しています。約2000万年前の湖の地層が日本海の波と風による浸食作用できたもので現在でも浸食作用が続いています。 看板

独自の生態系

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ⅣB-2 白島展望台の植生 島後 白島展望台では、北方系、南方系、大陸系の植物が混在する不思議な光景を見ることができます。また、7月には枯れるアジサイの花が11月ごろまで咲いている姿を見ることもできます。
これは、対馬暖流と大陸からの風の影響で一年を通じて温暖で多湿な環境であるためと考えられています。
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ⅣB-3 大津久カタクリの里 島後 本来は、亜高山性の植物ですが、隠岐では海岸近くに分布しています。以前は、最終などにより荒らされていましたが、地域住民のボランティア活動によりカタクリ公園(カタクリの里)として保護され、3月下旬ごろにはピンク色の花が一面に咲きます。 写真
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ⅣB-7 中谷のオキサンショウウオ 島後 オキサンショウウオは、隠岐の固有種で島後にしか生息していません。このサンショウウオは進化の過程がわかる生物として注目を集め、2005年には絶滅が危惧される約790種の最後の生息地、595ヶ所の一つとして隠岐が指定されました。 看板
ⅣB-9 新武良トンネル近くのカブラ杉 島後 根本から約1.5mのところかで6本の幹に分かれ空に向かい伸びています。これは何本かの杉が合体して今のような形に成長したためです。その形が開戦の合図や儀式で使われた鏑矢に似ていることからその名がついたと言われています。 写真
ⅣB-11 奥津戸のオオイワカガミ 島後 海抜0mの奥津戸海岸沿いの遊歩道では、亜高山性の植物であるオオイワカガミが見られます。他にも、山地性のミズナラや北方系のイタヤカエデ、南方系のトベラ、大陸性のダルマギクなど様々な植物が混成している様子が見られます。 看板
ⅣB-12 加茂湾の亜高山性植物 島後 ここから見える松島は、流紋岩溶岩からなる島で、亜高山性のクロベやオオイワカガミがたくさん生えています。これらの植物が海抜0mのこの場所に育つ理由はわかっていませんが、氷河期に隠岐に逃げ込んだ植物が、隠岐が離島となったときに取り残され、環境に適応したためと考えられています。 看板
ⅣB-14 自然回帰の森の植物 島後 この周辺は、隠岐の島町の条例により「隠岐自然回帰の森」として保護されています。日本中どこでも見られる杉ですが、その多くは植林によるものであり天然林は貴重です。また、オキシャクナゲなどの固有種も見ることができ、トレッキングコースとして利用されています。 看板
ⅣB-15 乳房杉と風穴 島後 乳房杉は、幹から下向きに伸びる大小24個にもなる下垂根が乳房に見えることから、その名前がついています。このような奇妙な形をしているのは、表土がほとんどない岩の上に立っているため地中から水分を取り込めない一方で、湿度が常に高い環境であるため空気中から水分を取り込む下垂根が発達したためです。

乳房杉の周囲は、山頂から崩れてきた玄武岩に覆われています。この玄武岩のすき間から吹き出す冷たい風が、暖かい空気とぶつかることで常に湿度の高い環境がつくられています。このため、この周囲では、水辺や沢の側を好むカツラ、サワグルミなどが多数見られます。
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ⅣB-16 久見海岸の植物 島後 流紋岩による美しい白い岩肌に隠岐の固有種のオキノアブラギクや大陸性のダルマギク、南方系のシャリンバイ、氷河期の生き残りのシロウマアサツキなどが見られます。
海岸では、黒曜石を探すこともできます。
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人の営み

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ⅣF-1 鬼舞の牧畑用石垣 西ノ島 牧畑とは、隠岐で発達した独特の農法で、土地を少なくとも4区分に区切り、畑や放牧地をローテ―ションで行う四哺式農法でした。このような農法が行われたのは、山がちで表土に乏しく痩せた土地を利用するための知恵でした。鬼舞に残る石垣は牧を区切るためのものです。 写真
ⅣF-2 船越の船引運河 西ノ島 西ノ島のほぼ中央くびれた部分に作られた内海と外海を繋ぐ大正時代に造られた人口の運河です。運河のできる前は船を陸にあげ引いて外海に出していたため船越という地名がついたと言われています。 写真
ⅣF-4 都万の船小屋のある景観 島後 船小屋は、船を風雨から守るための小さな小屋です。都万では伝統的な材料と技法で建てられ、浜の側に直接海から船を引き上げられるように作られています。これは、年間を通じ潮の満ち引きの小さな日本海側の漁村ならではの光景と言えます。 看板
ⅣF-5 西郷湾-風待ちの港 島後 西郷港は、間口が狭く奥が広い天然の良港となっています。江戸から明治にかけては日本海側の貿易船である北前船の風待ち港として発達し、小泉八雲(ラフカディオハーン)の手記では、境港よりもよっぽど発展していたと残されています。 写真
ⅣF-6 岬の溶岩台地と隠岐空港 島後 隠岐空港のある島後の岬地区は、約50万年前の噴火によりできた溶岩の台地です。この時の噴火で流れ出した溶岩はサラサラしていたため見晴らしの良い平らな大地を作りました。
西郷岬灯台の下は急な崖となっていますが、これは当時の火口で半分が爆発により吹き飛ばされており、お椀を半分にしたような形をしています。
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ⅣF-8 玉若酢命神社 島後 玉若酢命神社は、隠岐の総社です。毎年6月5日には、島後の三大祭の一つである、御霊風流という馬入れ神事をメインとした祭りが行われます。境内には、樹齢千数百年と言われる杉の巨木「八百杉」があります。 写真
ⅣF-9 布施の大山神社 島後 布施にある大山神社は、古い形式の神社で社殿がなく、鳥居をくぐると御神木である杉の巨木があります。隔年で山祭りが行われ、その内容は前日に切り出した葛を7回り半御神木に巻きつけるというもので、日本最古の山祭りと言われています。 写真
ⅣF-11 福浦トンネル 島後 福浦トンネルは、火砕流の跡をくり抜いたトンネルで非常に軟らかい地質をしています。このトンネルは、徒歩→荷駄→自動車と交通手段が推移とともに、始め明治時代に海側に手掘りによる小さいトンネルが掘られ、後に山側にノミとダイナマイトで2代目を、さらに2代目を重機で拡張した3代目が作られました。日本土木学会が定める日本土木遺産に指定されています。 看板
ⅣF-13 油井川の土石流復旧工事跡 島後 2007年8月末に最大時間雨量131㎜という記録的な豪雨で起こった土石流により川沿いの道路が流出したり、川の側の家の基礎が流されました。この災害の復旧で川幅の拡幅や橋の形状の見直しが行われました。また、次の年からは防災学習会が開催され、地域の人によるハザードマップが作成されました。 看板
ⅣF-15 壇鏡の滝 島後 壇鏡の滝では、雄滝と雌滝の二本の滝を見ることができます。
ここの水は、日本名水百選にも指定され、特別な水として地元の人から信仰を集めています。
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ⅣF-16 赤ハゲ山の牧畑用石垣 知夫 ここに残る石垣は、牧畑という、隠岐で発達した独特の農法で使われていた牧を区切るためのものです。牧畑は、土地を少なくとも4区分に区切り、畑や放牧地をローテ―ションで行う四哺式農法でした。このような農法が行われたのは、山がちで表土に乏しく痩せた土地を利用するための知恵でした。 看板
宮尾遺跡 島後 島後周辺の海岸部では、縄文時代の遺跡が発見されています。
ここでは、縄文時代前期の土器、石器、黒曜石の製品などが発掘され、島後北西部の久見産の黒曜石が多く使用されていたと判明しています。
現在では、ホテルが建ち遺跡を見ることはできませんが、発掘された遺物は教育委員会で保管されています。

資料館など

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西郷港 島後 隠岐汽船を利用する場合の島後の玄関口です。
西郷港ターミナル3階には、隠岐全体の観光協会である隠岐観光協会があります。
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隠岐自然館・隠岐ユネスコ世界ジオパークセンター 島後 西郷港ターミナル2階の出口からの陸橋で繋がる隠岐ポートプラザでは、1階に隠岐の島町観光協会や土産物屋等、2階に隠岐自然館(博物館)と隠岐ユネスコ世界ジオパークセンター、3階より上はホテルとして利用されています。
自然館では、隠岐の地質標本や昆虫、鳥類、魚貝類、花などが展示されています。
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億岐家住宅・宝物殿 島後 玉若酢命神社に隣接する億岐家住宅は、隠岐造りと呼ばれる独特の建築様式で建てられています。宝物殿では、国内で唯一現存する駅令や隠伎倉印が展示されており、いずれも国の重要文化財に指定されています。 写真
隠岐郷土館 島後 隠岐郷土館は、明治時代の郡役所を移築・修復した洋風館で民族文化財の資料展示がされています。
屋外では、隠岐から本州まで丸木船での実験航海をした「からむし2号」も展示されています。
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五箇創生館 島後 五箇創生館では、牛突き大会、隠岐古典相撲の資料展示の他、スクリーンでの映像も見ることができます。 写真
別府港 西ノ島 西ノ島の玄関口となる港で、隠岐汽船が接続する他、近くの岸壁からは島前内航船や国賀海岸遊覧船が発着しています。
ターミナルの2階には、隠岐ユネスコ世界ジオパークコーナーを設け、隣の建物には西ノ島町観光協会があります。
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西ノ島ふるさと館 西ノ島 西ノ島ふるさと館では、漁具や農具などの民族資料が展示されている他、遺跡からの出土品や故木村康信氏が隠岐近辺で採取した「木村コレクション」など貴重な生物資料も展示されています。 写真
黒木御所・碧風館 西ノ島 後醍醐天皇が隠岐に配流され脱出するまでの1年あまりを過ごされた、行在所跡と言われる黒木御所に建つ後醍醐天皇の資料館です。
※後醍醐天皇の行在所跡は、島後の国分寺、西ノ島の黒木御所の2つの説があります。
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菱浦港 海士 中ノ島の玄関口となる港で、隠岐汽船が接続する他、近くの岸壁からは島前内航船や海中展望船あまんぼうが発着しています。
ターミナルの1階には海士町観光協会、2階には隠岐ユネスコ世界ジオパークコーナーがあります。
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海士町後鳥羽院資料館 海士 隠岐に配流され、この地で崩御された後鳥羽天皇に関する資料が展示されている他、島内の遺跡で出土した資料も展示されています。 写真
来居港 知夫 知夫里島の玄関口となる港で、隠岐汽船が接続する他、近くの岸壁からは島前内航船が発着しています。
ターミナルの中には知夫里島観光協会、隠岐ユネスコ世界ジオパークコーナーがあります。
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隠岐空港 島後 島後にある隠岐の空の玄関口で、隠岐-出雲、隠岐-大阪(伊丹)を結ぶ便がそれぞれ1日1便ずつ発着しています。 看板

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