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人と自然をつなぐ島 隠岐ユネスコ世界ジオパーク

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地形と人々のくらし


都万の船小屋

現代の私たちは、多くが海に面した、川の流れる平らでひらけた土地である平野に暮らしています。日本では人口の約5割が全国土面積のわずか14%しかない平野部に集中していると言われています。 平野では川が山から土砂と一緒に栄養も運んでくるために、豊かな土ができて、昔から日本人は平野での稲作を中心にした経済活動がおこなわれていました。

その一方で、山と平野のさかい目に位置する川の周辺には扇状地と呼ばれるゆるやかな傾斜で水はけの良い土地があり、稲以外の作物を作ることに利用されてきました。このような作物を作るのに適した地形があると、その周辺に町が生まれ、人が集まって町ができるのです。

また農業だけでなく、漁業もやはり地形と大きなつながりがあります。世界でも6番目に長い海岸線を持つ日本では、漁業のできる場所なんてありふれているように見えますが、漁業を営むには、舟への乗り降りがしやすく、また、悪天候の時には沈まないように舟をつなぎとめておける港が欠かせません。防波堤を作る技術などない昔は、波を防ぐ張り出した岬とその影にある浜辺がある場所が港に最適な場所として選ばれ、そこでも町が形成されてきたのです。

町はどこにでも簡単に作れる物ではないということを考えて町を見下ろすと、ありふれた風景の中に、私たちに恵みを与えてくれている地形がいくつも見えてきます。

また、道も同じです。昔の交通を昔の感覚で考えなければ史蹟や伝統文化がなぜそこにあるのかを理解できません。現代の道路工事では山を削り、盛土をすることが普通ですが、昔はそんな技術も組織動員力もありません。元々通りやすい場所、つまり海や川、山の尾根筋を使って人々は地域の間を行き来していました。

地域の歴史や文化は、地形を読むことでより一層面白いものになり、理解も深まります。


八尾川

 

ポイント

  • 農業は昔、地形によって出来る作物や農法が決まっていた
  • 自然の港湾である入り江が漁業の基地になった
  • 人はどこを行き来していたかは地形から推定できる